1. 1905年以前に韓国・朝鮮が竹島を実効支配した歴史的事実は存在しません。
(竹島を描いた地図すら存在しない。)
2. 1905年の日本による竹島編入は国際法の手続きに完全に合致しています。
3. 第二次大戦後、1951年サンフランシスコ講和条約にて、
連合国は竹島を日本領としてとどめる決定をしました。
4. この国際的な決定はラスク文書等の外交文書により、合衆国政府から韓国政府に
告知されましたが、韓国はこの決定を無視して、1952年李承晩ラインを
一方的に引き、竹島の 不法占拠を続けています。
① 1905年1月、日本の竹島領土編入は国際法に照らしても何ら問題のない合法的なもので、新聞でも発表されており秘匿性もなく、韓国側からも一切の抗議がなかった。
② 韓国には竹島が描かれた古地図が存在しない(韓国が竹島だという「于山島」は鬱陵島の東2.2キロに位置する「竹嶼」であることは間違いなく、竹島ではない)。
③ 韓国が竹島を領有していたという証拠はない(1900年大韓帝国「勅令第41号」で「石島」という島が管轄されたが、この島が竹島だという証拠はなく、石島は鬱陵島の付属島である「観音島」だと思われる)。
④ 竹島は東経131度52分に位置する島だが、1899年、1901年の「大韓地誌」では東経130度35分まで、日本編入後の1906年の「大韓地誌」でも130度55分までとなっている。
1907年の「新編大韓地理」では130度45分~53分まで、「初等大韓地誌」「大韓新地志」も130度58分までであり、さらに、1945年日本からの独立後の慶北地理學會「中等地理(地理学中学校)」でも130度56分、1947年の「朝鮮常識問答」130度56分、1948年の「朝鮮常識」でも130度56分まで(東端は竹嶼と明記)となっており、韓国側は明確に竹島を自国の領土から外していた(竹島を認識していたのかさえ怪しい)。
⑤ 日本側には竹島を正確に描いた古地図がいくつも存在している(日本は江戸時代初期から認識していた)。
⑥ 1951年のサンフランシスコ講和条約で竹島は日本が放棄する領土には含まれておらず日本領と確定した(シーボルト勧告、ラスク書簡、ヴァン・フリート特命報告書などで明らか)。
- 極めつけがコレ
- 竹島問題と在日特権はリンクしている
(Unknown) - 2012-02-15 20:02:06
- 韓国政府が李ラインを主張して漁船に偽装した武装船で日本の漁船を不意打ちしたのが1952年。
韓国政府が誘拐した4000人の日本人と日本の刑務所に入れられていた韓国人の交換を要求し、
釈放された500人の韓国人犯罪者が在日外国人として特別永住許可を得たのが1953年。
そして自衛隊が作られたのが1954年・・・
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by yasutaroh
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